季節は12月の半ば。
今年最後の一大イベントを1週間後に控え、夜の街は色鮮やかに輝いている。


そんな華やかな場所とは無縁な、学園の一角にある部室棟。
外をすっぽりと覆った暗闇の中で、テニス部の部室からは温かい光が漏れている。





「まだ残ってたのか」



ひとり部室に残って部誌と格闘していると、我がテニス部の部長様が怪訝な顔をして入ってきた。



「うん。ボールの数が合わなくて手間取っちゃって。跡部こそ、こんな時間まで何してたの」
「俺は監督と打ち合わせだ」
「そか。お疲れ様」



まだジャージ姿のままの跡部は私の言葉に「ああ」なんて曖昧に答えると
私が座っている机の横を通り過ぎて行った。


そうして私はまた部誌に視線を戻して、跡部も後ろで無言でごそごそとロッカーを探っている。


同じ部活で、同じ学年と言っても、たったそれだけの関係。


でも、私はこれくらいの距離でちょうどいいと思ってるんだ。
これ以上、跡部に近づいてしまったら。
きっと私は、今のままの関係じゃ、満足出来なくなってしまうから。



「ふー。やっと終わったぁ」



書き終えた部誌をぱたんと閉じて、座ったままうーんと伸びをした。
そうしてロッカーに入れたままの鞄を取ろうと、立ち上がって後ろを振り返った。



そしたら



「きゃ、きゃあっ!」



私は素っ頓狂な悲鳴をあげると同時に、くるりと急いで跡部に背を向けて前を向き直した。



「ちょっと!なんで着替えてるのよ!」
「アーン?着替えなきゃ帰れねーだろうが」
「だからって、女の子がいるのに普通着替える!?終わるまで待っててよ!」
「お前が終わるのなんて待ってたらいつになるか分からねーだろ」



背中に跡部の視線を感じながら、がらんとした部室に視線を泳がせる。
まだ心臓がどきどきしていて、なんとか沈めようとして目を閉じるけれど。
瞼の裏に跡部の白くて滑らかで、大きな背中が浮かんできて、余計に心臓が早鐘を打ってくる。


これじゃあ私がヘンタイみたいじゃない!



「おい」



耳元で呼ばれて反射的に振り返ると肩越しに着替え終わった跡部の顔が至近距離にあって
私は思わず後ろに飛び跳ねた。



「な、なに!?」



そんな私の反応が面白いのか、跡部は嫌味なほどに整った顔を厭らしく歪めて
私のほうへ近寄って来る。



「なによ、なんなのよ」



その跡部の表情にとてつもなく嫌な予感を持って私はじりじりと後ずさりをするけれど。
背中にロッカーの冷たい感触を得て、絶望的な気持ちになった。


追い詰められた私にさらに追い討ちをかけるように、跡部が私の顔の脇に両手をついた。
ロッカーが立てたがしゃんという音に、私の全身は震え上がった。


完全に跡部に捕らえられてしまって、私は彼の視線から逃れるように、ただ俯くことしか出来ない。


けれど跡部はそんな私にはお構いなしに
私を覗き込むようにしてどんどん顔を近づけてくる。


跡部の息が、私の顔にかかる程に。



「ふ……お前、近くで見るとさらに面白い顔してるな」
「なにそれ!もう、どいてよ!」
「さあ、どうしようかな」



喉の奥で堪えながら笑うような声。
完全に遊ばれている。


悔しさと恥ずかしさから、足元を見つめる瞳から、涙が零れそうになる。
でも、ここで泣いたら余計に馬鹿にされるだけだ……!



「おい。顔上げろよ」
「やだ」



跡部の言葉に即答したけれど、跡部はそんな私の顎を掴んでくいっと無理矢理上を向かせた。



「……お前、何泣いてるんだよ」
「ま、まだ泣いてないもん」
「泣いてるじゃねーか」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「俺のせいか」
「他に誰がいるのよ!」



絶対にいつもの人を見下すような笑みを浮かべてくると思ったその顔は私の瞳に溜まったものを見て、
予想外に動揺しているようだ。


そんな跡部を、私はここぞとばかりに睨み付けて反撃をした。


すると跡部は、ロッカーについたままだったもう片方の手で、私の肩をぎゅっと掴んで来た。


その顔がいつも私をからかってくるときとは全然違う、すごく真剣な眼で。
それでいてすごく優しい眼つきをしていて。


そんな眼で見つめられて
さっきまで威勢のよかった私も、ただ顔を赤くすることしか出来なくて何も言えなくなってしまった。




そうして、跡部の綺麗な顔がさらに近づいてきたと思うと、ふとやわらかいものが唇に触れた。




それは一瞬、軽く触れたかと思うとすぐに離れて。
かと思うと、また触れて、また離れて。
何度もそれを繰り返した。


大事なものに触れるように、そっと優しく。
愛しむように、名残惜しむように。


恥ずかしくて、何が起こっているのかわからなくて、ただぎゅっと眼を瞑ることしか出来ない私の唇に、
跡部の唇が。


「なんで、こんなことするの」



自分の身に起こったことが、まだ信じられなくて。
頭は混乱して、ぐるぐるしていて。


やっと私を解放して背を向けている跡部の背中に、疑問をぶつけた。
まだ頬は異常なくらい熱くて、視界はぼやけてゆらゆらと揺れている。


けれど返ってきたのはそっけない言葉。



「さあな」
「なにそれ……」



その言葉に、私の眼からはまた熱いものが零れ出ようとする。
悲しくて、悔しくて、情けなくて。


はやくこの場所から逃げ出したくて、ロッカーにくっつけたままの体を起こした。



「知りたかったら、24日に教えてやるよ」
「え?」



ふと返ってきた言葉に、帰り支度を始めた体を止めた。


彼の方を見上げると、跡部は振り返って、いつもの自信に溢れた笑みを浮かべながら私を見ていた。



「だから空けとけよ、24日。俺のために」




















061224 Merry Chiristmas!!