「!」 「切原くん。お疲れさま」 放課後のテニス部の練習を見学して、切原くんと一緒に帰る。 もう1ヶ月前から、これが習慣になちゃってるんだ。 糖度100パーセント 「さっきのあのスマッシュ、すっごいかっこよかったね。先輩も全然追いつけなかったもんね」 「だろ?まああんなの序の口だけど。もっとすっげーの、今度見せてやるよ」 「本当?あれよりもすごいのがあるの?」 「当たり前じゃん。なんて言ったって俺は」 「立海大期待のエース切原赤也、だもんね」 「そーいうこと」 練習試合を終えて私の方へと駆け寄ってきてくれた切原くんの自信満々な言葉にも、私は素直にすごいなあ、かっこいいなあって頷いちゃう。 だって、切原くんは本当にかっこよくて……。 切原くんの「今度見せてやるよ」っていう言葉が、すごく嬉しくて。 まだ今度も、私と一緒にいてくれるんだ。 また今度も、私は切原くんのことを見ていてもいいんだ、って。 こんな風に思うようになるだなんて1ヶ月前は予想もしていなかった。 ただ、面白い子だな、目立つ子だな、なんて思っていただけで。 けれど、そんな切原くんの私の知らなかった一面を偶然目撃してしまって。 こんな風に、必死で真剣な目をする子なんだ。 こんな風に、真っ直ぐにものごとを見つめることが出来る子なんだ。 それ以来、私は切原くんから目が離せなくなってしまった。 もっともっと、切原くんのことを見ていたい。 彼が目指す先のものを、一緒に見てみたい、だなんて……。 切原くんがテニスに熱中しているように、私も切原くんに熱中してしまったんだ。 私にそんな、大切な気持ちをくれた切原くんにお礼をしたいって思って。 切原くんが私に、こんな想いをプレゼントしてくれたのが、2月14日のこと。 じゃあ、お返しをするのは……決まってるよね。 「赤也ー真田が呼んでるぞぃ」 フェンス越しに立ち話をしている私たちの方へ寄って来たのは、丸井先輩。 「お、。また来てたのかよ」 「はい。こんにちは、丸井先輩」 「相変わらず仲がよくていいなぁ」 「え、そんなことー……」 「丸井先輩!!」 「ありますよ」って言っちゃおうかな、なんて思ってたんだけれど、突然声を上げた切原くんに遮られてしまった。 「さ、真田副部長が呼んでるって……」 「あーそうそう。さっきの試合のことで確認だってさ」 「あ、はい。あー……その」 「なんだよ。早く行けっての。また真田にどやされても知ねーぞぃ」 「うぃっす……」 しっし、という風に追いやる丸井先輩にしぶしぶ動き出した切原くんは、なんだか落ち着かない感じだ。 ……どうしたのかな? 「切原くん、また後でね」 「……ああ」 手を振る私を振り返ると、切原くんは真田先輩の立つコートの方へと走って行った。 「切原くん、ちょっと変でしたね。どうしたんでしょう」 「そうか?いつも通りじゃね。それよりさ、……」 「お菓子ならありませんよ」 「ちえっ……て言うか、まだ何も言ってないだろぃ。人の顔見るなり、失礼なんじゃねえの」 「人の顔見るなりお菓子お菓子ばっかり言っているのは誰ですか?」 「なんだよ。後輩のクセにかわいくねえ奴」 「の言い分が正しいな」 「あっ桑原先輩」 「よ、」 ほとんど毎日切原くんの練習を見ていたから、自然と他のテニス部の先輩とも仲良くなってしまった。 切原くんの試合を見ている間に、休憩中の先輩たちがこんな風に話しかけてきてくれたりして。 特に丸井先輩や桑原先輩は、部活以外にも切原くんと一緒にいることが多いから特によく話すかも。 そんな私を見て、友達やクラスメイトは「は先輩たちと仲がよくていいなあ」って言うんだ。 ほら今だって、立ち話している私と先輩たちを、テニス部のファンの子達が興味津々な目をして見ているもの。 確かに、先輩たちはみんなかっこいいと思う。 テニスだって本当に強くて、お互い競い合いながら、でも信頼し合っていて……。 けどさ……みんな、分かってないんだよね。 もっと身近に、もの凄くかっこいい子がいるのに。 どうしてみんな気がつかないんだろう。 一度、それで言ったんだ。 「切原くんだってかっこいいじゃん」って。 そしたら、みんな「えー切原ー?」だってさ。 でも、私ちゃんと分かってるんだ。 みんな本当は切原くんのことちゃんと好きなんだよ。 切原くんが教室で騒いでるのを見てみんな呆れたり馬鹿にしたように笑ったりしてるけど、それってそれだけみんなが切原くんに注目していて、興味があるって言うことでしょ。 ただ、なんとなく同級生の男の子ってそういう対象として見れないって言うか……「男子」って言う別の生き物のような気がしちゃうの。 だから近くの同級生より、遠くの先輩に目が行っちゃうの。 「先輩」って言う存在は、それだけで胸がドキドキしちゃう格好の対象だから。 でも、そんな「同級生」とか「先輩」とか、そんな括りでしか相手のことを見れないのってすごくもったいないことだよ。 そんな括りに捕らわれて、相手の本当の魅力に気がつかないだなんてさ。 でも、私は意地悪だからみんなに教えてあげないんだ。 切原くんの、かっこいい姿。 私だけが知ってるんだって思うと、胸がきゅうっとして、どきどきわくわくしちゃうの。 「また赤也を待っているのか。相変わらず仲がいいんだな」 桑原先輩にも丸井先輩と同じこと言われちゃった。 そんなに、見えるのかな……どうしよう凄く嬉しいよ。 「待ってるんじゃありませんよ。切原くんの練習を見るのも目的のうちなんです」 「おいおい、惚気はそれくらいにしてくれよな」 「あ?なになに、赤也とはそういう関係なわけ?」 「まだ違いますけど……もうすぐそうなる予定です」 「おお、交際宣言出たぞ!!」 「えらい自信だな……まあ赤也の様子を見ていれば分からないでもないが……」 「え、そうですか?」 「ああ。が来るようになってから赤也のやつ変わったからな。なあブン太」 「そうかあ?同じだろぃ」 「……が来てから練習中に気が散るようなこともなくなったからな。真田も練習態度が真面目になったって褒めてたぞ」 「そうか?前と大して変わってねーじゃん」 「ブン太、もういい。お前は黙ってろ」 そうなんだ。 私が来るようになってから……。 私だけが、切原くんから「好き」って言う気持ちをもらってるんだって思ってた。 けれど、私も切原くんになにかをあげることが出来ていたんだ。 しかも、そのことを切原くんが尊敬する先輩たちも認めてくれている。 こんなに嬉しくて、幸せなことないよ。 「ま、がいてくれれば俺が赤也のお守りしなくてもいいからな」 「任せてください。上手くいけば、ですけれど」 「お前なら大丈夫だろう。もうすぐそうなる予定なんだろ?」 「あはは、そうでした」 そんな風に先輩たちと話していると、ふと向こうの方で真田先輩の話を聞いている切原くんと目が合った。 そんな小さなことなんだけれど、それがすっごく嬉しくて。 ああ、結構重症なんだなあ。 そんな風に考えて思わずにやけながら切原くんに手を振ったんだけれど、切原くんはぷいっと真田先輩のほうを向きなおしちゃった。 あれー……? そっか、真田先輩のお話を聞いてる最中だもんね。 邪魔しちゃ悪いよね。 「なあなあ」 「え、なんですか丸井先輩」 「駅前のケーキ屋で今フェアやってるの知ってるか?」 「あっ知ってます!苺のケーキが食べ放題なんですよね!?」 「……お前は本当に食い物の話ばかりだな」 ああ、早く部活の時間が終わらないかな。 早く切原くんと話したい。 早く切原くんに、この気持ちを伝えたい。 大好きだよって言う気持ちと、こんな気持ちをくれて、ありがとうって言う気持ち。 こんなに好きで、こんなに大切だって思える人に出会えて、私は幸せだよって、切原くんに伝えたいんだ……。 切原くんのことで頭がいっぱいだった私は自然と顔が綻んできて。 そんな風に先輩たちと笑い合っている私を、当の切原くんがどんな目で見ているのかだなんて、全然気づいていなかったんだ。 「切原くん!お疲れ様」 「……ああ」 部室から出てきた切原くんに真っ先に駆け寄ったんだけれど、ちょっと元気がないみたい。 どうしたんだろう。 疲れちゃったのかな。 なんだか暗い顔をした切原くんを覗き込んでいると、彼の背後から桑原先輩と、丸井先輩が部室の扉から顔を覗かせてこちらを見ていた。 桑原先輩は私に向かってひらひらと手を振ってくれて、丸井先輩は口パクで「がんばれよ」って言ってくれた。 そんな先輩たちの気持ちがすごく嬉しくて笑いながら手を振り返すと、切原くんが私の視線を追うようにして後ろを振り返って。 先輩たちを見ると、小さく「お疲れ様でした」って言って、そのまま歩き出してしまった。 「あっ待ってよ切原くん」 私の横を通り過ぎてしまった切原くんに、私は慌てて先輩たちにお辞儀をすると、急いで彼の後を追いかけて行った。 「切原くん」 「……」 「ねーってば」 「……」 「きーりーはーらーくーん」 切原くんはしつこく声を掛ける私なんて気にする風もなく、スタスタと前を歩いていて。 早歩きの切原くんに対して、私は小走りで彼の後を追うのがやっとだ。 こんなこと、初めてで。 いつもどんなに練習がきつくたって、私の前ではどうってことないって顔している切原くんなのに。 どうしたらいいか、わからないよ……。 「ねえ、切原くん。どうしたの?なにかあった?」 「さ、先輩たちと仲いいんだな」 切原くんに問いかけた私の言葉を遮るようにしてやっと口を開いてくれた切原くんの声は、いつもの明るくて軽い調子ではなくて。 思いかけずに掛けられた言葉に、私はびっくりしてしまった。 「え、あ、うん。そうだね。よく話し掛けてくれるし」 「ふーん」 「あ、そう言えば、さっき桑原先輩がね」 「別にいいよ。聞きたくない」 私が来るようになってから切原くんが変わったって言ってたんだ。すごく嬉しかったんだよって、言おうとしたんだけれど……。 再び私の言葉を遮った切原くんの声は、すごく冷たくて、刺々しくて……。 思わず足を止めて、俯いてしまった私を肩越しにちらりと振り返ると、やっぱり切原くんはそのまま歩き出してしまった。 どんどん遠くなる、切原くんの背中。 この1ヶ月間、ずっと見続けていたその背中を見つめて……。 「バーカ!!」 大声で叫んでやると、切原くんが足を止めて、驚いたように目を見開いてこちらを振り返った。 私はそんな切原くんに早足で詰め寄って睨み付けてやった。 「私、今日は切原くんにちゃんと好きだよって言おうって決めてたのに。なんで切原くんは何も言ってくれないの!?気に入らないことがあるならちゃんと言ってよ!」 「……は?、今なんて」 「だから言いたいことがあるならちゃんと言ってってば!」 「違う。その前」 「その前?だから、私は切原くんのこと……あっ」 やだ、切原くんの態度に腹が立って、興奮したら、思わず……。 ちゃんと気持ちをこめて、伝えたかったのに。 こんなはずじゃなかったのに。 こんな風に勢いで、押し付けるように言ってしまうなんて。 発してしまった言葉を取り消したい、なんて思たって、叶うはずがなくて。 どうしようどうしようって、ぐるぐると思い巡らせていた。 そんな私を、切原くんも黙ってじっと眺めていたんだけれど。 「……ごめん」 「え」 「面白くなくてさ。が先輩たちと仲良くしてんの」 「え……それって……」 「結局、も先輩目当てなのかよ、なんてつまんねーこと考えちまって。そんな訳ないって分かってんのにさ」 「……切原くん。私、切原くんのこといちばん見てるつもりだよ。私が一緒にいたいって思うのは切原くんだけだよ」 「俺も。俺も、に俺のことだけ見てて欲しい。俺のこと見てくれるのは、だけでいい」 「本当?じゃあ私たち一緒だね」 「へへっそうだな」 鼻の下を擦りながら照れくさそうに笑った切原くんの顔に、すごくほっとした。 なんだか久しぶりに切原くんの笑顔を見れたような気がして。 切原くんも私と同じ気持ちでいてくれただなんて、すごく嬉しい。 これが、両想いってことなの? 「だからさ」 「え?」 「俺のいないとこであんま先輩とかと話すのやめてくんない」 「え……どうして」 「やっぱさ、先輩っていうだけで、ある意味届かない存在って言うか。いくらテニスではぜってー超えてやるって思ってても、やっぱ1年の差って俺にはすっげー大きいんだよ。いくらが俺のこと……って言っても、やっぱ……だー!情けねえ!」 「ううん。情けなくなんかないよ」 「ホント悪ぃ」 「うん。でも、それは約束できないよ」 「は!?なんでだよ」 「だって、切原くんのこと、もっと知りたいもの。切原くんが尊敬している、先輩たちのことを知りたい。先輩たちの思う、切原くんのこと教えてもらいたい。私の知らない切原くん、きっともっといっぱいあるから」 「そんなのさ、俺が教えてやるからさ!」 私の両手を掴んで、私の顔を覗き込むようにして真剣な顔で言う切原くんに、思わず笑いがこみ上げて来てしまって。 切原くんは不満そうな顔をして声を上げた。 「なんだよ。なんでそこで笑うわけ」 「だって。何を教えてくれるのかなって思ったら、すごく楽しみで」 「ふん。そんな口叩いていられるのも今のうちだから」 握られていた腕をそのまま引かれて、切原くんがぎゅうっと、私の体を抱きしめてくれた。 切原くんの体はすごく熱くて体に回された腕は力強いのに、私の背中に触れる手のひらは少し震えていて。 こんな切原くんも私しか知らなのかな、なんて考えると、凄くどきどきして。 「。俺、のことすごく好き」 「……ありがとう。私も切原くんのこと、大好き」 ちゃんとホワイトデーのお返ししようって思ってたのに、結局また私は切原くんから大事な大事なプレゼント貰ってしまったみたい。 なんだか悔しいなあ。 私だって、いつか切原くんに、切原くんにしか見せない私、教えてあげちゃうんだから。 でも、今はまだいいかな。 このままでも、十分すぎるくらい幸せだから。 070314 Happy Whiteday!! |