のことも大好きだよ!」
「えへへ。ありがとう。私もジローちゃん、大好きだよ」



俺はが好き。
昼寝が好き。
ポッキーが好き。
テニスが好き。


みんな大好き。















好きのきもち















「ジローちゃん!やっぱりここにいたぁ」



中庭からちょっとはずれた、植え込みの奥に立つ大きな1本の木。
そこの下は俺のいちばんのお気に入りの場所。


いつもみたいに気持ちよく寝ていたんだけれど。

その声に薄っすらと目を開けると、
キラキラ光る木漏れ日の中でが笑って俺のことを見下ろしていた。



「あ〜〜。見つかっちゃった〜」



欠伸をしながら言うと、は勢いよく俺のすぐ横にしゃがみ込んだ。
あーもう少しでパンツ見えそうだったのにぃ。



「先生怒ってたよー。『芥川はまたサボりかぁ!!』て」
「すっげー!ちょー似てる!」



眉間に皺を寄せて英語の先生の真似をするが可笑しくて、
いつもは寝起きが悪い俺ものそのそと体を起こしての前で胡坐をかいた。



「ジローちゃんは本当にこの場所が好きだね」
「うん。ここはあんまり人が来ないし、日当りがいいけど木陰で暑くないC〜。
俺、ここが大好き!昼寝するならここがいちばんなんだ!」
「そんなこと言って、ジローちゃんはどこでも寝ちゃうじゃない」
「だって俺、寝るのも大好きだC〜」
「ジローちゃんは大好きなものがいっぱいあっていいね」
「うん!のことも大好きだよ!」
「えへへ。ありがとう。私もジローちゃん、大好きだよ」



笑いながら俺のことを見つめてくるは、ここに差すお日様の光みたいですげーかわいい。
ちょっと人見知りなが、俺には「ジローちゃん」って言って走り寄って来てくれるのがすげー嬉しい。



「おい、ジロー」



二人でにこにこして向かい合っているとの後ろの方から俺を呼ぶ声がした。



「あ〜跡部」



見上げると植え込みの向こう側に跡部が腕を組んで立っていた。


視線の端に映ったの顔からは、それまでの笑顔が消えていた。
俺の視線に合わせるようにも後ろを振り返るけれど、その動作はなんだかぎこちない。



「どうしたの跡部〜こんなとこで」
「どうしたのじゃねーよ。今日の昼はミーティングだって言ってただろうが」



え〜?

そう言えば、昨日の練習の後に監督がそんなこと言ってた……かなぁ。
昨日の練習はいつも以上にキツくて、終わりの方は半分寝ちゃってたから全然覚えてないよ。



「ったく……そんなことだろうと思ったがよ。ほら、とっとと行くぞ」
「ごめん〜。またあとでね!」



もっととここでのんびりしていたかったけど、流石に監督に怒られるのは怖いや。

を振り返りながら跡部の方へ走っていくと、
は困ったように笑いながらこっちに手を振ってくれた。



「全く……なんで俺様がこんなことしなきゃならねーんだよ」



植え込みを飛び越えて跡部の横に行くと、跡部に睨まれちゃった。

そうして一緒に部室棟へ向かおうとすると、
跡部はまだ木の下にしゃがみ込んでいるの方をチラッと振り返った。



「小野瀬も毎回こいつの面倒見て大変だな。じゃあな」



そう声を掛けられて、はびっくりしたように目を大きく開けたかと思うと
俯いて小さく「うん……」て呟いてた。

けれど跡部はその返事を聞くことなく歩き出しちゃったから、俺も急いでその後を追った。










俺といるときは、はいっつもニコニコ笑ってる。


クラスの奴らや、忍足とか向日とか他のテニス部の奴らといる時だって、
俺と二人でいる時よりは少し大人しくなっちゃうけど、それでもいつも笑顔を浮かべている。


だけど、跡部がいる時は違うんだ。

は跡部の前だと顔が固まって、笑わなくなっちゃう。
いつものハキハキした声も、跡部に話しかける時は消えそうな小さな声になっちゃうんだ。


なんでなんだろう?
は跡部のことが嫌いなのかなぁ?










「ねえ、〜」



授業をサボった罰として一人居残りをさせられている俺に付き合って、も一緒に残ってくれた。


廊下からはもう帰る奴や、これから部活に向かう奴らの声でざわざわしていたけれど
夕陽が差し始めた教室の中には俺との二人だけ。


ここだけ外の世界から切り離されちゃってるような、なんだかおかしいような、
くすぐったい気持ちになる。


暫くは真面目に英語のプリントと格闘していたんだけれどすぐに飽きちゃって
横で明日の予習をしているに話しかけた。



「なにジローちゃん。もう飽きたのー?」



はいつものニコニコ顔で、シャーペンを動かす手を止めてこっちを向いてくれた。



はさ、跡部のことが嫌いなの?」



ほら、まただ。


跡部のを出しただけで、の顔は強張ちゃった。
シャーペンを持つ手が、不自然に浮いたまま止まちゃってるよ。



「な、んで……?」



いつも俺といる時は、こんな風に語尾が小さくなっちゃったり、どもっちゃうことなんてないのにさ。



「だってさ、跡部といるとなんか変なんだもん。他の人といる時ともなんか違うしさ」



は俯いちゃって、黙ったままだ。



「跡部はさ、偉そうだし、俺が寝てるといっつも怒ってくるけど。でも本当はすっげーいい奴なんだよ。
テニスだってめちゃくちゃ強いし。俺は跡部のこと大好きだよ。
なのになんでは跡部のこと嫌いなの?」



俺はのことも、跡部のことも大好き。
だからなんでが跡部のことが嫌いなのかすごい不思議だし、それになんだか哀しいよ。


そう思って俺が必死になって言うと、はやっと顔を上げてくれた。



「えへへ。やっぱりジローちゃんには敵わないや」



その顔にはやっと笑顔が少し戻ったけれど、今度はなんだか赤くなってるみたいだ。
すっかり外を真っ赤に染めている夕陽のせいかな?



「跡部くんのこと、嫌いなわけじゃないよ。て言うか、むしろ、好き……なんだ、私。跡部くんのこと……」



そう言うと、はまた俯いちゃった。



「そうなの?」



は下を向いたまま、黙って頷いた。


なーんだ。
が跡部のこと嫌いなんじゃないって分かって、すげー安心した。


でも、そしたら今度は別の疑問が浮かんできた。



「でもさ、じゃあなんで?」
「え?なにが?」



はきょとんとした顔で俺の方を見た。



はさ、跡部といると元気なくなっちゃうじゃん。
好きだったら、普通は嬉しくて元気になっちゃうんじゃない?
俺はそうだよ!跡部とテニスする時はすっげーワクワクして、全然眠くなくなっちゃうもん」



俺がそう言うと、は声は出さずに静かに笑って
「私の言う好きと、ジローちゃんの言う好きは違うんだよ」って言った。


窓から差す夕陽に照らされたその時のの顔がなんだかすっげー綺麗で。
知らない女の人みたいで。


今度は俺の方が何も言えなくなっちゃった。










が跡部を「好き」って言うのと、俺が跡部を「好き」って言うのが違う?


じゃあ、が俺に「好き」って言ってくれるのも、
が跡部に言う「好き」なのとは違うってことなのかな?


なんだろう。
なんだか胸がチクチクして、気持ち悪くなってきた。





はいつものように俺に笑いかけてくれるんだけれど。
俺は上手に笑い返すことが出来なくて、ちゃんと喋れなくなって、ただ俯くことしか出来なかった。


これじゃあまるで、跡部と一緒にいる時のみたいだ。





もしかしたら俺がに「好き」って言うのも、
跡部や、テニスや、昼寝やポッキーなんかに「好き」て言うのとは違ってたのかな?


そう考えると、に面と向かって「好きだよ」だなんて、もう言えないような気がしてきた。





なんでなんだろう。





俺はのことが大好きなのにさ。










061101