跡部部長に彼女が出来た。

この大事なときに色恋沙汰にうつつを抜かしている暇があるのかという気持ちも多少あるが、あの人のことだ。
そんなことで、惑わされるようなことはないだろう。
それよりも俺が気に入らないのは、その相手の方だ。

先輩は、俺がテニス部の先輩方以外で認識している、数少ない上級生のうちのひとりだ。
はっきり言わせてもらうと、先輩は跡部部長には相応しくない。

特別美人というわけでも、学問やスポーツやその他の活動でなにか秀でるところがあるわけでもない。
むしろ成績は中の下、体育祭ではクラスの足を引っ張り、部活動や課外活動に力を入れ誰しも何かしらの功績を上げているこの氷帝において、何の実績もないという平凡以下の人だ。
だいたい、以前無理やり答えさせられた「好みのタイプは」なんて馬鹿げた質問に(たしかあれは全国出場が決まったときの、校内誌のテニス部特集だったか)「気の強い人」なんて即答していたくせに、まったくの正反対の人間じゃないか。
どうして跡部部長はあんな人を。理解に苦しむ。
跡部部長にはもっと、別にふさわしい女性がいるはずだろうに。




「はぁ・・・・・・なんだって俺がこんなことを」

練習が始まっても一向に現れる気配のない芥川先輩を、俺たち2年で手分けして捜索することになった。
全く、芥川先輩にもいい加減にして欲しい。貴重な部活の時間を浪費して、俺にはこんなことをしている暇はないって言うのに。
勇んで飛び出して行った鳳や樺地を尻目に、やっていられない俺は適当に校内をフラついていた。
俺らしくもないことだが、ぼんやりと普段は来ることもない裏校舎の方へと足を運ぶと、そこにある人影を見つけて俺の意識は急速に引き戻された。
そこにいたのは、俺のここ最近のいちばんの不愉快の原因である人で、その人は俺の方には背を向け、地面にへたり込んでいた。
いつも綺麗に折り目のついているプリーツスカートも白いソックスも土で茶色く汚れてしまっていたが、そんなことは全く気に留めないかのように微動だにしない。
こんなところで、ひとりで何をしているんだ。
訝しんで、声もかけることも忘れて背後から歩み寄ると、気配を感じたのか、慌てた様に振り返ったその顔を見て、俺の方も僅かながら動揺した。
俺を見上げる先輩の目は、泣き腫らしたように真っ赤だったからだ。

「あ、ひ、日吉くん。どうしたの、今、部活中じゃ・・・・・・」

痛々しく目をこすりながら、そんな風に言う先輩に、どうしたの、はアンタの方でしょうが、などと内心毒づきながらも何も言えずにいると、ふと、座り込む先輩の周りに散らばる教科書やらノートやらの類に気がついた。
そこに跡部部長との仲を咎める言葉が黒いマジックで書き殴ってあることに気づいて、俺はこの状況の全てを察した。

こんな下らないことをする輩のこと、当然かばうつもりなんて毛頭ないが、まあ、正直これは仕方のないことだと思う。
跡部部長はこんな冗談みたいなことを現実に引き起こしてしまう人なんだ。
当然そんなことは跡部部長だって自覚していて、そのために色々苦心しているようだ。
その甲斐あってあからさまな行動を取るやつらはほとんどいなくなったが、それだってゼロにすることは出来ないんだろう。
それよりも俺がイライラするのは、やっぱり被害者であるはずの、先輩に対してだ。
この人はこんなところで一人で泣いて、きっと跡部部長にも、誰にも、相談することなんてないんだろう。

「あ、あのね、日吉くん、このこと……」

何も言わない俺に、沈黙に、耐えられないんだろう。
か細い声を出す先輩の言葉を遮った俺は、どうして、あんなことを言ってしまったのか、自分でも分からない。
自分が誰に対しても不遜な態度を取ってしまうこと、それが悪いことだとは毛程も思っていないが、自分のそんな性分は自覚している。
そんな俺でも、あの時、あの状況で、あんな状態の人に向かって、言う言葉ではなかったってことは、はっきりと分かる。
けれど、あの時、例えば俺の知る限りの他の女子だったら、泣き出したり、もしくは怒り出したり、とにかく煩く喚きだしたことだろう。
そうしてくれたら良かったんだ。
そうすれば、ほら見たことかと、俺は先輩を軽蔑と嘲笑の目で見下ろすことが出来たのに。




先輩って本当に跡部部長には相応しくないですね」

そう言い放った俺に先輩は、ただ悲しそうに、笑っただけだった。




いつも自信に満ち溢れている、それに見合うだけの努力とそれに裏打ちされた実力を備えている跡部部長は、俺の目標だ。
そんなあの人の傍にいるのは、やっぱり同じような強い光を持った人でなければいけないんだ。
あんな、俺みたいな下級生からの理不尽な言葉に言い返すことも出来ないような、今にも消えてしまいそうな弱々しい先輩なんて、やはり俺が思ったとおり、跡部部長には相応しくない。

そう思うなら、どうして俺は、あの時の先輩の顔を忘れられないんだ。


泣き言のひとつも言わない、言ってくれない、あの人。

あんな顔したあの人に、慰めの言葉のひとつも言ってやれない。


相応しくない。




相応しくないのは、誰に、誰が。




















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