桜が白く咲き誇る季節、私は故郷から旅立つ。 「様……なんとお美しい」 「ありがとう小十郎」 感慨深げに目を細めた小十郎に、は微笑んで応えた。 名のある武家の娘ながら民に交じり土にまみれていた常の姿はなく、満開の桜を背景に煌びやかな装束に包まれたは、まさに姫と呼ぶに相応しい姿であった。 「お前を嫁に貰おうなんて、crazyな奴もいるもんだ」 憎まれ口を叩くのはこの地を治める伊達の若き筆頭──政宗。 彼の言葉の端々に混じる異国の言葉をは正確に理解することは出来ないが、なんとなく意味合いを汲み取ることならば出来る。 それだけの長い月日を、共に過ごしてきたのだ。 「政宗様は最後まで意地悪なのですね」 「最後、ね」 口にしたのは自分なのに、反芻した政宗の言葉に現実を思い知らされた気がした。 二度と生まれ育ったこの地の土を踏むことはないだろう。 物心ついた頃には側にあるのが当然だった、政宗の隣に戻ることも。 覚悟はしていたし、理解もしている。 恵まれた家系に生を受けこれまで何不自由なく暮らしてきた自分には、家の為、民の為にこの身を賭すことが責任であり義務であると。 けれどいざその時が迫ってみれば、固く決心したはずの覚悟も揺らぎ始める。 このまま何も言わずに発つべきだ。 けれど今言わなければ、胸に宿し続けたこの想いを伝えることは終ぞ叶わなくなる― 「……政宗様。私は……政宗様のことを……」 恐る恐るその言葉を紡ごうとした。 しかし。 「……幸せになれよ」 遮るように放たれた言葉に、我に帰った。 今、自分が為さねばならないこと。 それは笑ってこの地を去ることだ。 「……ええ。天下一幸せな夫婦になってみせます」 「very good」 微笑みを取り戻したに、政宗も不適な笑いで返す。 これでいいのだ。 「様。輿が参りました」 出発を促す声に、崩れかけた決意が姿を取り戻していく。 背筋をピンとはり、凛としてみせる。 「長らくの間、お世話になりました。どうぞ、お元気で」 「そっちもな」 笑顔で短い別れの言葉を交わすと、は躊躇いなく振り返り、控えている輿へと歩を進めた。 「政宗様。よろしいのですか」 小十郎が声をかけるが政宗はそれには応えず、真っ直ぐと振り返ることなく去っていくの背中を見つめていた。 が、が輿に乗り込もうとした刹那。 「!!」 突如叫ばれた名前に、は屈み掛けていた体を止めて政宗の方を振り返った。 こちらに駆け寄らんばかりの政宗が放った言葉。 「―――!!」 その言葉を聞き届け、を乗せた輿は桜並木の中、静かに消えていった。 *** 「様。貴女様はこれより御前にお控えし、国を治める殿をお支えしていかねばなりません。視野を広げるために異国について教えを乞おうとされることはとても良い姿勢でございます。私も微力ながら尽力して参ります」 「はい。どうぞよろしくお願い致します」 「では今日はこれまでに致しますが、なにか質問はございますか」 「はい。……教えていただきたい言葉があります」 意味は分からねど、この数月の間一時も耳から離れることのなかった、あの言葉。 「『アイ・ラブ・ユー』とは、どのような意味なのでしょうか」 賢人の答えを聞いたは目を見開き、そして今まで張っていた糸が切れたかのように泣き崩れた。 外は新緑の季節が訪れている。 この青い空はきっと、あの人のいる故郷にも続いているのだろう。 090507 140222 |