また来たの?懲りない子だねぇ。


今夜は月が明るいから幾らか夜目は利くのに、声の主の姿は見えない。
近くにいる、という気配を感じるだけ。
私はあの人のような忍でもなんでもないただの小娘だけれど、私にだって想い人の気配くらい感じることは出来る。


不審者だと思って攻撃しちゃうところだったよ。


大丈夫よ。佐助さんはそんなヘマしないもの。


こんな夜更けに、こんな危険な男のところに来て。
襲ってくださいって言っているようなのんだよ?


そんなこと言って、佐助さんは私の手を握るどころか姿を見せてさえくれないじゃない。
私は佐助さんならなんだって平気なのに。


そう軽口を叩くと、いつものように君は莫迦だねって笑う。
呆れられてしまったかしらなんて思いながらも、私はこの佐助さんの笑い方がすごく好きで、一緒になって笑ってしまう。


そうして、とりとめのない言葉を交わす。
会話といっても私が大して面白くもない、一日のあらましを口にするだけだけれど。
ただの町娘にそう毎日話のネタになるような出来事があるはずもない。
佐助さんは聞いているのか聞いていないのか分からないような生返事をするばかりだけれど、それでもここにいて聞いていてくれているから。
時々、佐助さんは言う。
君は幸せそうだねって。
そう言われると、なんだか本当に佐助さんの言うとおり、自分が莫迦みたいだ。
じゃあ佐助さんは幸せじゃないの、って言い返すと、静かな声で、どうかなって。
こういう時、顔が見えないのがとてももどかしい。
私の小さなつまらない幸せでも、佐助さんに分けてあげられるなら他愛のない言の葉くらい幾らでも紡ぐことが出来る。


昼は茹だるような暑さでも、夜は風も出てきて大分涼しい。
少し冷えた指先を擦り合わせても、暖めようとはしてくれない。
寒そうだね、俺様は訓練しているから平気だけれど、って。
私の想い人はなんて冷たい男なんだろう。
私が帰るときだって、じゃあ気をつけてねって、それだけだ。


佐助さんは私のこと幸せだって言うけれど、自分ではよく分からない。
こんなに報われないのに、幸せなのかしら。
好きな人に毎日会いに来れるっていうだけで幸せなのかもしれない。
佐助さんも私の半分でいいから、同じように思っていてくれればいいのに。


佐助さん、私そろそろ帰らなきゃ。


そう告げたらたった一言、そう、って。
ますます何時もより素っ気ない。
今日はいつもより月が明るいから平気よ、なんて聞かれてもいないのに。


いつもと同じ夜、いつもと同じ道を帰ろうとすると、ふと、目の前にはいつもとは違う影。
声を聞きながら思い描くしかなかった、ずうっと焦がれていた愛しい人の輪郭が月明かりに照らされて鮮明になっていく。
静かな夜に不似合いな橙色の髪が眩しい。


「君って莫迦な上に冷たいよね」


今まで絶対私に触れることのなかった腕で、私を簡単に捕らえてしまう。


「ほら、こんなに冷たい。今日はいつもより来るのが四半刻も遅かったってのに、あっさり帰るなんてさ」


もしかして私は今、とても嬉しいことをされているのかしら。
けれど、いつもと違うことが多すぎて。


「君があんまりしつこいから、俺様絆されちゃったよ。責任取ってくれるよね」


それって普通は女の子が言う台詞なんじゃないのかしら?


「佐助さんも意外と莫迦なのね」
「君のが移ったんだよ」


いつも冷たい言葉しかくれない佐助さんの体、こんなに温かかったのね。
ひとつになった影が月夜の闇に溶けて行くように、離さないでいて。
















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