みんな、幸村くんのこと「怖い」って言うの。
どうしてなんだろう?
だって幸村くんはいつもにこにこ、静かに穏やかに笑っていて。
私は彼の笑顔が大好きなんだ。









笑顔の理由










休み時間、いつも元気な丸井くんがなんだか落ち込んでいた。
聞いてみたら、休み時間に学校抜け出してコンビニに行ったのがバレて、幸村くんに怒られたって。


「自業自得でしょう。学校の外に行ったらいけないんだから」
「そうだけどよー。なんでよりにもよって幸村くんに見つかっちまうんだよ。真田にどやされる方がまだマシだぜ」
「どうして?幸村くんに怒鳴られたりしたの?」
「いいや。いつも通り笑いながら『ブン太、駄目だよ』って言われた」
「だったら良かったじゃない。幸村くんは優しいから。真田くんに見つかっちゃう方が怖いよ」
「わかってねーなは。真田なんて単純だから、なに考えてるかすぐ分かるじゃん。上手いこと言えば丸め込めるしさ。幸村くんはいつも笑ってる分、腹の中じゃなに考えてるか分からねえからよ。何言っても問答無用って感じだしよ」


いつも眉間に皺寄せている真田くんより、いつも笑顔の幸村くんの方が怖いだなんて。
すごくびっくりしちゃった。
だって幸村くんはいつも優しくて、怒っているところなんて見たことがないよ?


「真田も言ってたぜ。『あいつは笑顔で人を追い詰めることが出来る』ってさ。あ、お前、今言ったこと幸村くんに言ったりするなよ。また何言われるか分からねえからよ」
「別に、そんなこと言ったりしないけど」


あの真田くんまで、幸村くんのこと怖いって思ってるのかな?
なんだかショックだな。
幸村くんのこと嫌いになったとか、そんなんじゃなくて。
丸井くんや真田くんの前には、私の知らない幸村くんがいるみたいで。
そりゃあ、同じ部活でいつも一緒なんだから当たり前なんだろうけど。
私は幸村くんの表面しか知らないんだって、思い知らされたみたい。


「どうしたの?」


丸井くんがいなくなってからもひとりで考え込んでいたら、いつの間にかやって来た幸村くんが私の前に座っていた。
相変わらずの優しい笑顔。


「なにか考え事?」
「えーと、うーん。なんで幸村くんは、いつも笑ってるのかなあって」
「なんだ、俺のこと考えてくれていたの?」
「えっう、うん……まあそうなんだけれど」


困ってしまっている私の前でも、幸村くんは「さんが俺のこと考えてくれているなんて嬉しいな」なんて。
嬉しいって言ってるけど、表情はさっきと変わっていないし。
いつも笑ってるってことは、いつも、誰が相手でも同じってことだよね。
そう思うと、なんだか哀しくなってきちゃった。
私って幸村くんの笑顔を独り占めしたいとか、思っていたのかな。


「それで、どうして俺がいつも笑っているのかだよね」
「うん」
「別に意識しているわけじゃないけれど……確かに笑っている方が多いかもね」
「どうして?怒ったり、哀しくなったりしないの?」
「するよ、もちろん」
「どんなとき?」
「そうだね。例えば、さんがあんまりブン太と仲が良いと、俺も哀しくなっちゃうかもね」
「えっ」
「ふふ」


またそんな風に笑って……もうその笑顔には誤魔化されないんだからね。
幸村くんがいつも何を思っているのかって、ちょっとでいいから私にも教えて欲しいの。


「お、怒るときは?幸村くんは怒鳴ったりしないって……聞いたけど」
「怒鳴りはしないかな。注意や指摘はするけれど。ただ闇雲に声を荒立てて、手を上げるような行為は相手に自分の怒りを押し付けるだけで、自分の意見を理解してもらえないからね。怒っているときこそ、自分が冷静にならないとね」
「なるほど……」


うーん。
明らかに誰かのことを言っているような気がするんだけれど、気のせいかしら。


「それにやっぱり、いつもしかめっ面しているよりも笑っている方が、自分も相手も気持ちがいいだろう」
「そっか……うん。そうだね」


そう、いつも幸村くんがそっと笑っている姿を見るだけで、私の心はぽかぽかとお日様が差すみたいに、温かい気持ちになるの。
幸村くんが何を思っているかなんて、私にはきっと分からないけれど……でも、やっぱり私は彼の笑顔が好き。
好きって気持ちに、理由なんていらないんだ。


「けれど、どうしてそんなこと突然言い出したんだい?」
「突然じゃないよ。いつも思ってたの。幸村くんっていつも笑ってるなあって」
「そうなんだ。自分では特に意識してやっている訳じゃないんだけれど……変だったかな」
「ううん。変じゃないよ。だって私、幸村くんの笑った顔が好きだから」


そう思ったら、不思議なんだ。
素直な気持ちがするりと出てきちゃうの。
幸村くんの笑顔の前では、嘘がつけなくなっちゃう魔法にかかったみたい。


「ありがとう。俺もさんのこと好きだよ」
「ありが……え、えっ!?」


彼の言葉に目を丸くしている私を前にしても、相変わらず幸村くんはにこにこ。


「俺がいつも笑っていられるのは、好きな子の前だからかもね」


そっと耳打ちするように言う幸村くんの言葉。
丸井くんの言っていることが、少し分かったよ。
私も、彼の笑顔に追い詰められちゃっているんだな。










070810