baby who knew love





あの日以来、とはあまり話していない。
俺はのことが好きなんだって気付いて、同時にが俺にくれる「好き」は俺がに思う「好き」とは違うんだってことも知ってしまった。
どうすればいいか分からなかったんだ。
の前でどんな顔したらいいのか、となんて話したらいいのか分からなかった。
今まで当たり前に笑いながら「好きだよ」って言えていたのに。
その一言が怖くて仕方ない。
だから、のこと避けるようになっちゃったんだ。
そんな俺に、はどうしたらいいか分からないって顔で、寂しそうな顔をして俺から目を逸らす。
ごめん
けど、俺もどうしたらいいか分からないんだ。
どうしたらいいか分からなくて。
今までみたいにと一緒にいて、笑ったりふざけたり昼寝したりなんてできなくて、ただ遠くから、
今まで以上にのことを見続けていた。
だから俺だけはすぐ分かったんだ。

教室で友達の輪の中で、いつも笑ってるけど、本当はいつも泣いてるんでしょ?





がひとりになった隙を狙って、思いきって声をかけた。
この名前を呼ぶのだってすごく久しぶりだ。
今までは、俺が「」って呼ぶと、「ジローちゃん」って返してくれる。
それがすっげー嬉しかったのに。


「ジローちゃん……?なに……?」


今、俺を呼ぶ声はすごく戸惑っていて、それがすごく悲しい。
そうなるようにしたのは俺自身なのに。


、なんかあった?」
「え……なにもないよ。どうしたの?急に」


俺の問いかけに、戸惑いの顔を消して瞬時に他のやつらに向けているのと同じ、笑顔を浮かべる。
そんな風に笑ったって、俺には効かないのに。
それが余計に俺を悲しくさせるんだ。


「でも、俺分かるもん。がいつも悲しそうだって。俺でよければ話聞くからさ。俺には、話してよ」


しばらくの沈黙。
そして、はまたふっと笑った。
今度はすごく辛そうに、眉を寄せながら。
そんなの顔が、すっげー綺麗だと思った。
あの日、夕日に照らされた顔と同じくらいに。


「やっぱり、ジローちゃんには敵わないよ」


だって、俺は君のことが好きだから。





「跡部!」


勢いよく部室のドアを開けると、中には跡部の他に忍足と向日がいて、3人は一斉に俺の方を見た。


「なんやジロー、えらい剣幕で」
「お前が起きてるなんて珍しいじゃん」


驚いた忍足にもからかうように笑う向日にも答えないで跡部の目の前に立つと、跡部も無言で光る目を俺に向けてくる。
その目から逃れるように2人の方を振り返った。


「ほら岳人、ぼちぼち帰るで」
「えっなんでだよ」


そう言って俺と跡部に興味津々って感じの目を向ける向日を忍足はうまく連れて出ていってくれた。
俺も忍足くらい気が利いて頭が良かったら、なにもかも上手くいったのかな。
こんな思いしなくてよかったかな。
けど、なれるものなら俺は、跡部になりたい。
もし、もし俺が跡部だったら、俺は……


「で、なんの用だジロー。わざわざ人払いまでして」


2人が出ていったドアを眺めていた俺に掛けられた面倒くさそうな声に、もう一度跡部の方を向きなおした。


「俺は跡部のこと好きだよ。」
「あ?」


だって跡部は、俺にわくわくする気持ちをいっぱいくれるから。
だから好きだったのに。
今、俺が跡部を前にして生まれる気持ちは怒りであり、悲しみであり、俺を苦しくする気持ちばかりなんだ。


「跡部は、のことが嫌いなの?」


の名前を出した途端、興味なさそうだった跡部の眉がぴくりと動いた。


「なんだいきなり」
「いきなりでもいーじゃん。聞いてるんだよ。跡部はのこと嫌いなの?」
「別に嫌いなわけじゃねえよ」
「だったら!」


俺は思わず跡部に詰め寄っていた。
いつも余裕たっぷりのはずの跡部が、今俺の前でと同じように、眉を寄せているのが許せなくて。
辛いのはで、そうさせているのは跡部なのに。
なんで跡部がそんな顔すんだよ。
全部全部、跡部のせいなのに。


「どうしての気持ちにこたえてあげないんだよっ!のこと嫌いじゃないんだろ!?だったら、のこと……っ」
「嫌いじゃない、イコール好きにはならないだろうが」
「そんなこと知ってるよ!けど、は本当に跡部のこと……だったら、応えてあげればいいだろ!のこと幸せにできるのは、跡部しかいないんだから!」
「そんな風に付き合ったって、幸せになんてなれねえよ。あいつだって喜ばない」


分かったような口を聞く跡部に腹が立つ。
跡部になにが分かるって言うんだよ。
のなにが。
俺の方がずっとずっとのことが好きで、ずっとずっとのこと見てきたのに!


「なんで……なんでなんだよ!あんなに想われてるのに、なんで……っ」


突然言葉を飲み込んだ俺を、跡部は怪訝な顔で眺めている。
ああ、俺気付いちゃったんだ。
俺が今こんなに苦しいくらいにムカついているのは、が跡部に傷つけられたからじゃない。
に想われてる跡部のことが憎かったんだ。
どうして俺じゃないんだって……悔しくて、跡部のことが妬ましかったんだ。
なんだよ、俺すっげー情けねー……。





久しぶりに来るこの場所で、ひとり寝転がって空を見ていた。
やわらかくてあたたかかった背中の地面は固くてひんやりと冷たい。
頭上の枝からは青葉もすっかり落ちて、その隙間から覗く灰色の空から俺の大好きな木漏れ日が注ぐはずもない。
俺の大好きなもの全部、なくなっちゃったみたいだ。
いつもこの場所に、俺のことを探しに来てくれたも。
もうなにもないんだな……や、違うか。
初めからなにもなかったんだ。


「ジローちゃん」


一瞬夢かと思った。
けどその声はまた俺の名前を呼ぶから、そうっと閉じかけた瞳を開けた。
俺を見下ろして小さく笑う顔を見て、なんだか泣きそうになる。
それを目を擦って眠気を飛ばすふりして誤魔化した。


「うぅ〜……なぁに


体を起こしてしゃがみこんだの横に体をずらす俺に、はほっとしたように笑うから
俺の胸はまたちくりと痛むんだ。


「ジローちゃん寒くないの?こんなとこで寝てたら風邪引いちゃうよ」
「寒くないもん。俺ここがいちばん好きだC〜」
「えへへ、そうだね。そう言ってたね」


今まで通りの会話。
けど、なんか違うって俺もも気付いてる。
だからそれっきりふたりで黙りこんじゃって。
俺との間を通り抜ける冷たい風すら俺を悲しくさせる。
隣のは地面を睨み付けて必死に次の言葉を探しているみたい。
前は、ふたりともなにも考えなくたって自然と言葉が出てきて、風の音なんて聞いている暇だってなかったのに。
もう遠い昔の話みたいだ。
そうなるようにしたのは俺。
そうするしかなかったから。
けどきっとはわけがわからないままだから、すごく悩んで悲しんだんだろうな。
それがちょっと嬉しいって思う俺は、俺は……


「ぶぇっっくしょん!」


風の音しかしない空間に突然響いたデリカシーのない音に、隣のは思いっきり体をびくりとさせて俺の方に目を向ける。
そしてさらに続く、じゅるじゅると言う情けない水音。

あーーーもう、なんで俺ってやつは〜〜!!
まともにセンチメンタルに浸ることだって出来ないのかよ!
本当、情けないにもほどがあるよ〜。


「もう、ジローちゃんったら」


思わず頭を抱えたくなる俺を、隣のは嬉しそうに楽しそうに見つめていた。
さっきまでの、今までの笑い方とは違う。
いつもが俺に向けてくれていた、俺が大好きな顔だ。
冷たい風に撫でられて冷えきっていた頬が、一気に熱くなっていくのが分かる。
そうして徐に自分の巻いていたマフラーをほどくと、俺の首元にぐるぐると巻き付けてくれた。


「あ゛り゛がど」


鼻を啜りながら顔をマフラーに埋めると、はふっと顔を綻ばせた。


「ううん。私もね、ジローちゃんにありがとうって、言いたかったの」
「んあ?」
「ジローちゃん、ありがとうね」


そう言うはすごく穏やかな顔だけど、俺はなんでかわからなくてきょとんとしてた。
だって俺は自分勝手で、のことも跡部のこともなにも考えないようなやつで、にありがとうって言ってもらえるようなこと、なんにもないのに。


「ジローちゃんとあんまり話せなくなっちゃって、すごく寂しかった。私ジローちゃんに嫌われちゃうようなこと何かしたかなあって……すごく悲しかった。けど私のせいかもって思ったら、どうすることも出来なくて……」


本当に寂しそうに笑いながら言うに、俺が何か言うことなんで出来るはずがない。
ただ胸のチクチクがどんどん増えていく。


「跡部くんのことも、誰にも言えなくて。本当は誰かに気付いて欲しかったのに。誰かに聞いて欲しかった。誰か助けてって、ずっと思ってた。そしたら助けてくれたんだよ。ジローちゃんが」



は俺のことなんにも分かってないよ。
チクチク、チクチク。
どんどん降り積もっていく。


「前みたいに一緒にいなくても、ジローちゃんはずっと私のこと見てくれてたんだね。誰にも言わなかったのに、ジローちゃんだけは気付いてくれた。ありがとう……ジローちゃん」


俺はが俺のことだけ見てくれればいいのにって思ってる。
俺も以外のものなんて見なくていいって思ってる。
俺と以外のものなんて全部なくていいやって。
それってさ、俺の大事なものもの大切なものも全部、なくなっちゃえって否定してるってことなんだよ。
そんなこと、君には絶対言えない。


「やっぱり私、ジローちゃんがいなきゃ嫌だよ……わがままかもしれないけど……私、嫌なところ直すから……お願い……」


だったら俺のこと好きになって


声はどんどん小さくなって、今にも泣き出しそうなに向かってそんなこと言えるほど、俺はヒドい奴でも強い奴でもない。
だから、嘘を吐くんだ。


の嫌なとこなんてあるわけないC!」
「え……」
「最近ちょっと家が忙しくてさ〜手伝いしてたんだ。それで疲れてただけだよ。でもそれももう落ち着いたC。だからこれからは大丈夫!」
「本当?」
「本当!」


君の顔に残る不安の色を拭うために、俺はとびっきりの笑顔を君に注ぐ。
それは君が今まで見せていたのと同じ作り物の笑顔なのに、きっと君は気付かないんだろうね。


、寂しくさせてごめんね。でもこれからはまたずっと一緒だC!」


みるみる君の顔からは暗い影は消えて、ぱあっとお日様が差してくる。
こんな風に感情がコロコロと表情に浮かぶが、すっげーかわいい。
俺もおんなじタイプだと思ってたけど、実際は違ったみたいだ。
よかった。


「ありがとう……ジローちゃん」
「うん!」
「ジローちゃん、私ジローちゃんのこと大好きだよ」
「うん!俺も」


大好きだよ
だから、俺は君を騙して自分を偽ってでも、君のそばにいることを選ぶんだ。










071212